Doll's LifeのSS

 少し前に、機会があって書いたものです。
 Here And Thereにて公開されている、Doll's Lifeの二次創作SSです。

 紫髪の少女が、展示棚の前で腕を組みながら、その内容をじっくりと眺めていた。彼女の視線の先には、小動物様のものから、耽美な表情をした女性の姿のものまで、実に様々な人形が並べられている。瞳に人形の姿を映した少女は、まるで人形に呼ばれたかのように、そっと彼女たちへと手を伸ばそうと……
「ベル、お手つきは厳禁」「つっ!」
不意に後ろから声がして、ビクリと体を震わせる。ベルと呼ばれた少女は不服を顔一杯に表現しながら、声が聞こえた方向へ振り向いた。
「わ、わかってるってば。こういうドールのお店では店員さんに無断でドールに触っちゃいけない。うんうん、全くその通り」
「明らかに触ろうとしたように見えたけど」
ベルを止めた銀髪の少女、ミラは眠たげな目を少し細めて諫めるようにベルを見つめる。
「じょうだんじょうだん。ほら、人形に惑わされし乙女を演出してみました、的な?」
「誰に見せてるの……」
「ユーザ」と言いながらベルが指さした先には、ドールの洋服を両腕にしこたま盛った僕がいたのだった。


 ダメ元で「ドールショップで僕の娘の秋物を見るのを手伝ってもらえないか」と、年頃の少女達に頼んでみたところ、意外にもあっさりとオーケーが出たのは今日の朝のこと。と言っても、愛娘はドールであるし、その相談相手もまたドールであるのだが。
「いいの? いいの? っていうか、ユーザのドールって写真だけでしか見たこと無いし、本物も見せてくれる?」と妙にノリノリだったのがベル。一方で、話を興味なさそうに流しているように見えて、実のところ頭のなかでコーディネートを練っているのであろう方はミラ。普段、彼女たちの屋敷で紅茶を飲んだり、カードで遊んだり、紅茶を飲んだり、ゲームキューブで遊んだり、紅茶を飲んでいるばかりであったので、外に出かけてみるというのも、たまにはいいかなと思ったのだ。


「で、秋物でしょう? ユーザは一体どういうコーデがいいわけ?」
さっきの悪ふざけから一転して、いきなり僕に対しベルが質問をぶつけてきた。この子は物事の切り替えが妙に早いように思う。
「え、ああ、そうだな、あんまりロングスカートで遊んだことがないからさ。今回はそれに挑戦したいと思って」
「ロングスカート」
少しミラの目が光った気がした。使える具材を知らされた凄腕調理人さながらだ。
「ロングスカートかー。それなら例えば」と、ドール服を揃えた棚に向かいながらベルは僕に提案する。
「長めのワンピースに、上は上でシャツとか合わせてみるとか。うーん、ユーザの子なら、落ち着いた色のスカートにジーンズ生地のトップスとか、そんな感じ?」
「ワンピースは夏と秋、通して使えるから便利。でも」と、ミラがそれに呼応した。
フレアスカートも試してみたい、と思う。ユーザの子、これまでそういうスカート、着たこと無いと思うし」
「お、おおう、なんか一気に意見が出たな」
やはり餅は餅屋ということだろうか。ぽんぽんとアイデアがでる様は、側で見ているだけでも気持ちが良いものだ。
「ま、そもそもお目当ての服があるかどうかってことが問題だけどね。さ、ちょっと見てみよう、ユーザ」
ベルに急かされ、僕らは洋服の物色を開始した。


 服を棚から引っ張っては、僕の娘に重ねたり、実際に試着してみたりを散々試した結果、見事にミラとベル、両者の意見が合致したコーディネートが完成した。結局、フレアスカートとシャツだけでは飽きたらず、いろいろと追加で買ってしまったのだけれど。
 ビルの休憩所に当たる場所で、両手に紙袋を吊るしながら、僕とベルは休憩をとっていた。ミラは、ドールショップでもう少しだけ展示ドールを見ていたいと、僕らよりも後からこちらに来る手はずになっている。彼女もベルが見ていたドール達が気になるらしかった。
「ずいぶん奮発したな。これは、今月持つのか僕の生活費」
紙袋の中身を見て僕はそうつぶやく。チェックのシャツにジーンズまでも買ってしまっているのは、いくらなんでも調子に乗りすぎたというやつだろう。
「ご飯ならうちで食べてけばいいじゃない。でもお買い物って、そういう衝動買いがあるから楽しいんじゃない?」僕の顔を覗きこんでベルが言う。
「それは自分の財布が傷まないから言えるセリフだと思うぞ。とはいえ、それも一つの真理だな」僕は頷いた。
 と、僕はここでベルの表情が、心なしかうずうずしているように感じた。彼女自身はそれを悟らせまいとしているようだが、目や口の微妙な動きから、これからの予定に大きな期待を寄せているのがよくわかる。次は? 次はどこに行こう? と表情全体で訴えているようだった。
「あー、そうだな、アニメイトなり、とらなり寄っていくか。どうせ同じビルに入っているんだし」
「そうだねユーザ、それ名案! あと、ひと通り回ったら近くにある喫茶店に行くのもいいかも! とうふドーナッツが美味しいお店があるんだって!」
急にテンションが上ったベルは、たたたっと階段を駆け上がっていく。軽やかな足取りで踊り場まで登ると、
「ちょっと先行ってるー! 探したい本があるから!」と行って、そのまま走り去ってしまった。やれやれ。普段も唐突に動く子ではあったとは思うけど、今日は特にそれが顕著なようだ。


「あれ、ベルは?」と、ちょうど入れ違うかのようにミラが僕の前に現れた。手にはドールショップで展示されていたドールのパンフレットをいくつか持っている。
「えっと、今丁度上の階に行ったよ。多分アニメイトかその辺りにいると思う。はは、今日は特にベルちゃんの元気がいいな」
「そう」とミラは返した。この子はベルと違って、あまり表情を表に出さない。それはクールであるというよりは、上手く表情を作ることが苦手であるような、そんな不器用さを思わせる。そういうところに、どことなく僕は彼女にシンパシーを感じることがあった。
 とはいえ、不器用な二人同士でいるとあんまり会話が弾まないのは自然の摂理である。このまま沈黙が二人の間を支配するのも当然だろうな、と僕が思った時、
「きっと嬉しいんだと思う」ミラが不意につぶやいて、僕はえっ、と尋ねてしまう。
「私達二人以外と、同じ趣味の『人』と、外に遊びに行くなんて、これまであんまりなかったから」
 そうか。嬉しかったのだ、ベルは。
 自分達の正体を知った上で、『人』として、友人として、一緒に僕と遊ぶ機会を持てたことが。
 たとえ自分の身体が作られたものであったとしても、『人』であることの実感を持てることが。
 きっと、今日のベルのテンションの高さはそれが影響しているに違いない。無言で僕を見つめるミラの瞳が、そう伝えているように思えた。
「そっか」僕は少し頷き、「そっか」再び同じ言葉をつぶやいた。
「そうだな、じゃあ、今日は特別だ。もう少し奮発してみようか」
一体何を? と少し目を開いて疑問を呈したミラちゃんに、僕はこう尋ねる。
「とうふドーナッツは好きかい?」